NEWS

田代まさし逮捕!ギャンブル依存症の私が克服を目指す人達へ伝えたい事。

崖から下をみつめる
※ 当サイトはアフィリエイト広告を利用しています
mihoko

なぜスリップしたか痛いほどよくわかる・・

こんにちはmihokoです。

だいぶ久しぶりの更新となります。

実は現在このブログはメンテナンス中で、アチコチ雑だらけのお恥ずかしい状態です!

しかし。

しかし。。

しかし。。。

この事件

田代まさし9年ぶり5度目の逮捕

この事件をうけて。

いてもたってもいられなくてブログを更新いたしました。

なぜ、この事件を受けて黙っていられなくなったのか??

そして、

田代まさしさんがなぜこんなにも覚せい剤で繰り返し逮捕されてしまうのか?

痛いほどよくわかるからです。

 

実は

わたしもスリップをした事があるからです。

 

buchako

田代まさし風に言うと、逮捕案件だ!

 

はい・・・

依存する対象物が薬物なら、逮捕です。。。

 

それこそ。

わたしは依存症を克服途中で、数えきれない位ギャンブル依存症のスリップを繰り返していますが、一番最近のスリップは8年ぶりだったのです。

mihoko

8年・・・だいぶ時間がたっているのになんで。。。

 

8年ぶりのスリップは大きな反省と気づきがあったので、
ギャンブル依存症の克服を目指す人達の参考になればと思いブログを更新しました。

長文となりますがよろしければ読み進めて頂けると幸いです。

 

 

田代まさしさんの人生

 

田代まさしさんと言えば志村けんさん。

志村さんは田代さんをみつけて『バカ殿』でお笑い開花させた人です。

私はバカ殿世代ど真ん中。

本当に大好きなお笑い番組の1つでした。

でも、いつの間にか田代さんがいなくなり、バカ殿もみなくなっていました。

 

実は田代まさしさんは

テレビで才能を開花させるまでは辛い人生を送っていました。

 

田代まさしさん逮捕されるまでの人生

 

  • 生年月日: 1956年(昭和31年)8月31日 (年齢 63歳)
  • 出身: 佐賀県 唐津市
  • 配偶者: 独身(1985年(昭和60年)4月に結婚。2005年(平成17年)に獄中離婚)
  • 子供: 田代 小夏、 田代タツヤ
  • 出演番組: 志村けんのバカ殿様、 アナウンサーぷっつん物語

歌手、タレント、コメディアン、司会者、映画監督、作詞家、ユーチューバーまでこなすマルチな才能を持ち、ラッツ&スターのメンバーでもありました。

現在は薬物依存症のリハビリ関連の活動をしていました。

※ウィキペディアより引用

田代まさしの生い立ちと高校生時代まで

 

1956年(昭和31年)8月31日
母の故郷である佐賀県に生まれる

キャバレーチェーン店経営の父親の浮気により離婚。母親に引き取られる
母親は夜の仕事をしながら育てた(母親が留守の間は大家に預けられていた)

 

田代まさしが13歳の時、母親が再婚し父親に引き取られる

父親の再婚相手である女性と一緒に住む事となったが、生活になじめず非行に走る。
酒・煙草・シンナーに手を染める。

 

1972年(昭和47年)4月に芝浦工業大学工業高等学校機械科入学。

高校入学直後、同校で田代以上の不良だった鈴木雅之と出会う。
鈴木の家によく遊びに行き、鈴木の母からも家族同然にかわいがられていた。
高校生になっても素行不良は変わらず、ケンカ、暴走族、ディスコ、ナンパに明け暮れ、傷害事件で警察に留置されたこともあった。

 

1975年(昭和50年)3月、高校卒業。
同年の6月、父と大喧嘩をして家を飛び出す。
その後シャネルズのメンバー・久保木博之の誘いで同じガソリンスタンドに就職し、会社の寮で暮らす事になる。

 

1978年(昭和53年)トラックの運転手に転職。
この頃、眠気覚ましという名目で先輩トラック運転手から覚醒剤を勧められたと明かしている。しかしものが悪かったのか、あまり効果はなかったという。

 

1980年(昭和55年)シャネルズデビュー
鈴木雅之や桑野信義らと共に、ドゥーワップグループの「シャネルズ」の一員としてメジャーデビュー。デビューシングル『ランナウェイ』が110万枚のミリオンセラーに。

1983年(昭和58年)にシャネルズが「ラッツ&スター」と改称。

1985年(昭和60年)4月、一般女性と結婚

1986年(昭和61年)頃から志村けんに出会う
お笑いセンスを見出されタレント、コメディアンとしても活動開始(当初は本名の「田代政」名義であったが、ほどなくして「まさし」に変更した)
レギュラー番組を何本も持ち、大企業のテレビCMに何本も出演するなど人気になる。原宿竹下通りの「マーシーズ」や清里高原へのタレントショップの開店、また映画監督としてVシネマの撮影を行うなど活躍。

しかし。
人気が出れば出るほど、田代まさしさんは仕事に対しきついプレッシャーを感じ精神がやばかったそうです。。。。

※ウィキペディアより引用

田代まさしの事件・逮捕の略歴

 

田代まさしさんが薬物により逮捕されたのは2001年が最初でした。
しかし、以前から薬物を使用していた事がわかっています。
入口としては1978年(昭和53年)にトラックの運転手に転職した頃、先輩に貰っていますよね。
ただ、薬物が粗悪品だったのかハマる事はありませんでしたが。

人生で初めて本格的に薬物を使用したのは1991年の時。
家族と共にハワイを訪れていた時に現地で薬物を購入し初めて使用したようです。

※本人の著書「審判」より

 

ここからは・・・もう本当に人生、転がり落ちてます。。。

 

逮捕1回目
2001年(平成13年)12月9日、近所の男性宅風呂をのぞいたとして、軽犯罪法違反容疑で現行犯逮捕。
さらに、自宅から薬物が発見され、覚せい剤取締法違反容疑(使用・所持)で12月11日に再逮捕。

逮捕2回目
2004年(平成16年) 9月20日夜に中野区新井の路上で車を駐車中、薬物及び刃渡り8cmのバタフライナイフを所持していたとして、銃刀法違反と覚せい剤取締法違反で現行犯逮捕。
この時は執行猶予中でした。

逮捕3回目
2010年(平成22年)9月16日午前2時10分頃、神奈川県横浜市中区新港1丁目赤レンガパークの駐車場の身体障害者専用スペースに止めていた車を、アジア太平洋経済協力会議(APEC)国際会議の応援警備に当たっていた福岡県警察本部の警察官が発見。

職務質問を受けた際、コカインをポリ袋に入れて所持していたことが発覚し、麻薬及び向精神薬取締法違反の容疑で神奈川県警横浜水上警察署に現行犯逮捕。

逮捕4回目
この時、一緒にいた美容室経営者の女性も覚せい剤を所持。
田代まさしも覚せい剤取締法違反の容疑で逮捕。

さらに、
同年10月14日に覚せい剤取締法違反(共同所持)の容疑などで2人とも再逮捕。

 

逮捕5回目←NEW!
東京・杉並区で覚醒剤を所持していたとして、現行犯で逮捕。さらに、2019年8月23日にも、宮城・塩竈市の宿泊施設で、覚醒剤を所持していた容疑でも、あわせて2029年11月6日に通常逮捕されています。

 

田代まさしさん逮捕にギャンブル依存症のわたしが思う事

 

ダルク(薬物依存症の更生施設)に通っていても
啓蒙活動を行っていても薬物を使ってしまった田代まさしさん。

依存症は完治しない病気

という事を、ご自身が証明しています。

最近ではYouTubeで『ブラックマーシー』として活動したり、今年2019年7月にNHK「バリバラ」の企画「教えて★マーシー先生」に出演し、薬物依存症に苦しんだ実体験を語るなどして、外からみたら順調に回復しているかのようにみえました。

 

番組の中でこう言っています

捕まる度にファンをがっかりさせた、家族に心配をかけた、もう二度とやってはいけないって強い意志を持つんだよ。それでもね、目の前に(クスリを)出されたり辛いことが起きると、大切なものよりも(クスリの)魔力が勝っちゃうんだ。

 

mihoko

魔力が勝つ・・・

 

薬の魔力

もうこれが真実です。

周りがいくら助けようが、本人が心の底から反省しようがスリップは起こるのです。

なぜなら
脳が薬物(快楽)を求めて行動するように変化してしまっているから。

ギャンブル依存症も同じです

 

今回。
このブログをメンテナンス中に、この記事を投稿しようと思ったのにはワケがあります。。

実は私も

8年ごしにスリップした経験があります。

buchako

ええ!!!!

mihoko

ほぼ完治!な感じなのに!?

そうです。
自分の中では『スリップしない』と、うぬぼれていました・・・

mihoko

そんな時が本当は危険なんだけどね・・・

まさに

ギャンブルの魔力

よって
今回の田代まさしさんの事件は他人事とは思えず
いてもたってもいられなくなり、記事を投稿しました。

 

私が田代まさしさんのようにスリップした時の状況

 

今回のスリップは

  • 時間がある
  • お金がある
  • 心が不健康(甘えや怠惰)

以上、スリップしやすい状況が見事に3点そろった為でした。

スリップしやすい状況はこちらの記事をどうぞ

 

 

直近のわたしの状況は

産後2年。
子供達を保育園に預け、働き始めた私は時短勤務を選びました。
午前中だけ仕事をして、午後は保育園お迎えまでの2、3時間自由を確保できました。

時間を得たわけですね。

次に。
お金は育児にしかほぼ使っていなかったので、
ギャンブルから離れた生活をしており、
そこそこ余裕ができていました。

資金となるお金も確保。

そして。

前回のスリップからはや8年。
パチ・スロから離れてだいぶ時間がたち、自分でも

mihoko

「ギャンブルなんてまったく興味ない!行ってる時間がもったいない!」

と、心底思っていたのです。。。

自分は大丈夫というウヌボレですね。

結果、盛大にスリップしました。。。

 

8年ぶりにスリップした結果

 

まずは収支表をご覧ください

 

使ったお金:50万円

軍資金ですね。
お財布には5万円を入れて勝負。
始めのうちは勝ちが多かったのできっちり回収できていましたが、後半に行くにつれ、回収が難しくなっているのがわかります。

 

失った時間:10日間(30時間)

1週間に1回は必ず行っており、3時間は確実にパチンコしてました。

 

トータル収支

勝ち:423,000円

負け:241,000円

収支:181,500円

 

buchako

勝ってんじゃん!!

 

スリップして得たもの(気づき)

 

18万円

1カ月の給料分くらいですよね。

buchako

儲かったからいいじゃないの!!

そう。

これこそが悪魔のささやき。。。

脳みそが

  • 『な~んだ。ギャンブルって結局稼げるんじゃないか』
  • 『1回スリップしたんだから、ついでにもうちょっとやっちゃおう』

 

と繰り返し、繰り返しささやき続けるのです。。。

 

それは今、このブログを書いていて、改めて収支を見直しても同じ気持ちになるのです。

 

田代まさしさんは
旅行で薬物を所持し、杉並区でも所持していたと言います

きっと、旅先では

『な~んだ。使ってみてやっぱり気持ちいいじゃないか。しかもバレないし。ちょっとくらいいいだろう』

 

杉並では

『1回やっちゃったから同じ、もうちょっとやっちゃおう』

 

見つかった時以外にも余罪がある可能性は高いです。。。

 

自分でも冷静になれば

buchako

スリップしてアホだな・・・

と思います。

しかしこれが依存症のコワイところ。

冷静な判断なんて、とっくの昔にできなくなっている。

 

それは数年たった今もかわっていない。
何年スリップせずにいても、
何年依存物と離れていても同じ。

一度脳みそに刷り込まれた快楽の記憶は消えることはありません。

依存症となった私たちは『理性』と『習慣』という武器をもって、
自分の脳みそと戦うしかないのです。

 

今回の田代まさしさんの逮捕は身近な人であればあるほど
手助けをしていた人であればあるほど

きっと『なんで!?』

って思った人が多かったと思いますが

残念ながら田代まさしさんは
今回も自分の脳みそにまけてしまった・・というだけ。

ダルクのみなさんはきっとこの逮捕を冷静に受け止めているでしょう・・・

 

8年ごしにスリップして気づいた事その2

 

そして。
今回自身がスリップした結果大きな発見がありました。

それは

今、現状、うまくいっていたり幸せだと思っていても、スリップするという点

mihoko

今幸せなのに??

 

mihoko

現在の私は超幸せ♪

buchako

自分で言うな!

長く務めたブラック企業から抜け出し、ホワイト起業へ転職。
子供を産み育てるため1年半の産休、そして復帰は時短勤務。

人生の中でこんなに自分の為や家族のために使えた時間はありませんでした。

  • 育児に協力的な夫
  • かわいい子供
  • たまっていくお金

もうほんと。
絵にかいたような幸せ
な状況なのです。

なのになぜスリップしたのか?

 

スリップした時の状況や自分の心境など洗い出しを行ってみた結果。

結論としては

  • 時間がある
  • お金がある
  • 心が不健康(甘えや怠惰)

スリップしやすい状況が見事に3点そろった上に、未来に対する不安が強かった為スリップした

という事なんです。

 

mihoko

なんで今幸せなのに、未来に不安を感じるの??

 

つまり。
現在は幸せでも、
未来はちょっと不安

私の未来の不安とは

今、子供は小さいけど、これから大きくなるとお金がかかるな。
でも保育園の呼び出し多いから時短勤務じゃなきゃ雇ってもらえる職場がないな。
お金をもっともっと稼がなきゃ。
でも、2、3時間でお金を効率的(簡単)に増やしたいな。。。。

 

で、

パチンコ

(お金を減らすリスクは忘れている)

mihoko

えええええええええ!?今でもそんな思考になっちゃうの???

そうなんです。。。。

mihoko

でもmihoko
あなた良く言ってたじゃない!ギャンブルは儲からないって!!

そうなんです。。。
理論上、わかっていたのですが
理性がbuchako脳に負けてしまったのです。。

buchako

勝てる、勝てるわ!!わつはつはつ!!

mihoko

・・・(泣)

 

そして今回のスリップで特にまずかったのは大勝ちしてしまった事。
収支がプラスで終わった事で『パチンコは勝てる』という歪んだ認知が強化されてしまったことなんです。

mihoko

うわ~~~こわい!これだと、すぐまたスリップするでしょ!!

本当にこわいです・・・

 

さすがに。
過去の自分が戦ってきた手法だけでは、8年耐え抜いた今の私がスリップするのは目に見えています。

そこで、復習もかねて、新たに良い手段はないか改めて考えてみました。

どうやったら依存症のような悪い習慣をなくす事ができるの?

 

buchako

もう1回、習慣改善についておさらいしたい。。。

どうしても【やめられない】をやめたい人へ

効果的な4つの手法について、今一度確認していきましょう。

人間の不快な感情に気づく

 

ただ何かをやめようとしても難しい。

人(脳)は現状維持が大好き。
何かをかえようとすると脳が抵抗する。
それが不快感となってあらわれて、習慣を変えようとすることを抵抗する。

今、自分は(悪い習慣を)かえようと頑張っているんだ

と思う事が大切。

 

✖ギャンブルする事を習慣にしているbuchako

から

〇ギャンブルしないmihoko

へ変わろうとしている、という事ですね。

 

否定形と命令をやめる

  • お菓子を食べない
  • スマホを食べない
  • 無駄遣いをしない
  • ギャンブルをしない

脳みそは抑圧(〇〇しない)が苦手。

『〇〇しない』ではなく。

〇〇をやめることによって何を手に入れたい??というような『やりたい目標にする』

mihoko

じゃあギャンブルしないmihokoを目標にしちゃいけないんだ!!

考え方としては

  • ギャンブルをやめる事によって自由な時間を手に入れられる
  • ギャンブルをやめる事によってお金を手に入れる
  • ギャンブルをやめる事によって信頼を取り戻す

ギャンブルをやめることによって得られる成果を考えるって事ですね

 

ベイビーステップ

 

ゴールが遠すぎると脳の機能がとまってしまってしまう。
ゴールまでの道のりを小さく刻むと成長できる。

いきなり10段上がる事は難しいので階段を1段ずつあがれば楽。

ギャンブル依存症を克服するという目標については
週7日パチンコに行っていた
6日になった
5日になった
4日
3日
2日
1日


考える事もなくなった。

mihoko

少しずつ、ギャンブルと離れた生活を手に入れていくって事ね

 

成長マインドセット

自分は『こういう人間だ』という考えを塗り替える

続けて行けばいつかできるようになる
だんだん上達したという経験があるはず

自転車だってのれるようになる

mihoko

8年スリップに耐えていたんだもの。次は9年、10年ともっとスリップしない期間をのばせるはず!

 

失敗した理由を洗い出す

 

失敗した理由をつぶしていく

失敗をちゃんと直していけば人間はかわれる。

今回私が失敗(スリップ)した理由は3つのスリップしやすい条件がそろった事と、未来に対する不安からでした。

未来をみないで、今をみよう。
今の積み重ねが未来になるのだから。

今回のスリップでは上記4つの確認作業を行いました。

 

ギャンブル依存症は完治しない。99%の克服を維持し続ける事が大切

 

薬物依存症もギャンブル依存症も何かに依存するという点は同じ。

今回の田代まさしさんの事件を受けて、多くの依存症克服者の方々は動揺したかもしれません。

 

やっぱりギャンブル依存症克服なんて無理なのか・・・

 

私はこの記事の最後に、同じように依存症に悩む人たちに伝えたい事があります。

 

スリップした=リセットではない

 

という事。

 

あなたもわたしも、逮捕されてしまった田代まさしさんだって、1日ごとに細胞ごとにまるっと成長しているのです。

昨日の自分は今日の自分ではありません。

そんな成長した自分はスリップしたからといって『リセット』にはなりません。

以前のわたしは。
何度もスリップする自分を責めて、けなして、

mihoko

人間失格!!もう人生おわた!!

まで思っていました。

大切な人を裏切り、自分を裏切ってまで、
なんでくだらないパチンコとかにせっせと行くのか。

生活を犠牲にしてまでなんで大切なお金をパチンコ屋に差し出してしまうのか。

mihoko

自分自身がわけわかんない!!

底つきも経験しました。

それから8年。

ギャンブル依存症を克服している期間を越えて、再びスリップして思ったのは。

あの時の自分とは違う自分もいる。
ちゃんと成長していて、冷静に今回のスリップを受け止められている自分もいるという事。

この8年の間に自分を振り返れるブログも作った。
この8年の間に結婚して子供も持ち、家庭を作った。

ギャンブル依存症真っ只中で、どっぷりギャンブルにはまっていた頃の自分とは確実に違う自分が現在にいるのです。

 

何年たっても戦う相手は自分。

8年スリップせず生きていた。

次回、8年を超える(自分とたたかう)のがまず目標。

 

最終的には

80歳まで生きるとして、残り40年スリップしなければ良いという事。

 

buchako

で、できるかな??

 

未来をみて不安にならない事が解決策だと8年ごしのスリップでわかったので、
1日1日をギャンブルしない、ただそれだけを目標にしたいと思います。

 

そう。

ギャンブル依存症は完治しない病気。

一度依存症になった私は完治しない病気と対峙しなければなりません。

今回のスリップの反省を活かし、過去の振り返りをした結果、改めてギャンブル依存症と違う形で徹底的に向き合っていこうと決意しました。

私の決意

ギャンブル依存症に悩むご本人やご家族に向けて、ギャンブル依存症克服をするためのノウハウやアドバイスを提供し『一度きりの人生を大切に生きる人』を増やしていきたい。

手始めに、私のギャンブル依存症克服の記録やノウハウをあますところなくこのブログに掲載していきたいと思い、メンテナンスを始めました。

buchako

新しい記事も更新してよね~メンテしながらね!

は、はい^^;

暫くはお恥ずかしい状態でつぎはぎブログをさらす事になりますが
読みづらい文章、画像などなど、お許しくださいませ^^;

そしてギャンブル依存症に悩む方はぜひこの『ギャンブル依存症克服ネットワーク』をくまなくお読みいただき、ノウハウをご自身のものにしていってくださいね。

ぜったい人生良くなるから。

んじゃまたね~!